福井県にある、丸岡城の天守は、現存12天守のうちの一つで、江戸時代初期、本多氏が城主の時に建てられたとされています。
丸岡城は、戦国時代の武将、柴田勝家の甥、柴田勝豊が築城したとされていて、かつては、この頃に天守が建てられたという説がありましたが、その後、否定されました。
昭和17年(1942)の調査報告書では、石瓦葺きの下に旧の屋根を葺いていた部材の一部が残されていたとされていて、こけら葺きであったことが、わかっています。
こけら葺きは、木の板を重ねる方式で、神社などでよく使われる方式で、御殿などにも使われますが、防火性が求められる軍事施設の天守に使われるのは珍しいです。

丸岡城の調査で明らかになった事実
